クリスマスだが

もうすぐクリスマスだ。考えてみれば一年っていうのは実に経つのが早い。この一年、何っも変わっていない。ほぼ確実に自宅待機である。待機といっても何かを待つのではない。もちろんサンタもだ。

巷では復興、復興、更に復興といかにも善人ぶって連呼している方がおられるが、煌びやかイルミネーションを断続的に長時間、派手に点燈されているのを見て何か思わないのだろうか?「長時間の点燈は無駄だ、時間を短くして復興の為に寄付しろ!」と。壁に向かっては言えるが、大衆の前では言えない。今の世は、人と違った考えをすると、迅速にしかも徹底的に非難され村八分にされる。ある意味、言論の自由がないと言える。
だから強引に定義された復興という考え方に対し、その考え方に異議を唱える別の復興という考え方を大衆に言う事はできない。人間とは勝手な生き物だ。

この考えは正誤、どちらかは分からない。ただ、巷で見られる楽しいクリスマスとは、自分には縁がない。いや皆無だろう。

世の中の人の何割がクリスマスをみんなで楽しんでいるのだろう。ごく一部の人間だけが楽しんでいるのか?それとも私みたいな人間が多いのか?言えることは私みたいな人間とクリスマスを過ごすということは、他人にとっては非常に嫌なことかもしれない。明るい世の中より暗い世の中の方が自分にはあっている。生きやすいかもしれない。

クリスマスを楽しむことができない世の中、それがたくさんの人間を助けることになるかもしれません。

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